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「僕はホットティーを」
「じゃあわたしも。ホットのミルクティーをふたつ。お願いします」
「え?」

 そう言って右手でピースサインを作ってふたりぶんであることをレジカウンターで伝える彼女へと、観月は思わず怪訝な声を出した。ならば逆に、隣からは不思議そうな表情が返される。「なにかおかしいの?」と率直に問いかけてくる彼女に「別に」と曖昧な返事をしているうちに、スチロールのカップに熱湯を注いでティーバッグを添えただけのホットティーは、あっという間に供されてしまった。

 昼の光が消える瞬間が早くなり、夕暮れの風は未だ半袖の腕に、肌寒さを連れてくる。皆に平等に与えられているはずの一日であるのに、夏よりも残された時間を気にかけることが増えてきた。そんな中で立ち寄った、学校帰りのファストフードの店だった。空腹ではあるけれど、各々が夕食を思って飲み物だけで我慢するのも、どことはなしにリミットを気にした結果だったのかもしれない。
 ちいさなトレイに載ったふたつのカップを受け取って歩き出す観月に向けて、彼女は改めて尋ねてきた。

「ねえ、観月くん。さっきの、どういう意味?」
「どういう、とは?」
「わたしがホットティーを頼んだら、何がおかしいの?」

 眉間に皺寄せて横から観月を覗き込む彼女を一瞥、危ないですよ、と熱湯の載ったトレイを避けて席を見渡した。突然気温を下げた九月終わりの夕刻、店内は人で満ち満ちている。それは去年の今ごろも同じ景色で、まるでデジャ・ヴュのようだと観月はひとりちいさく喉を鳴らした。

「何なの、さっきから!」
「いえ、別に。いつも冷たいものばかり飲むきみが、珍しいなと思いまして」
「だって、急に寒いじゃない」
「おや、冬でも氷の入った飲み物を選ぶ人の台詞ですかね」
「!」

 意地悪く囁きながら、観月のその瞳は可笑しげに細められている。それを確認して彼女はため息をひとつ、「もう」と拗ねたように呟く頬は薔薇色に染まる。
 去年のちょうど今ごろだった。お互いの気持ちを確かめあうにはあと一歩押しが足りなくて。じれったい日々に痺れを切らし、共に訪れたこの店で。まだわずかばかり猫を被っていた彼女がしおらしく、今日と同じオーダーをした。その日から並んで歩きはじめて、今日でおよそ一年になる。

「ねえ、観月くん。ここにしよう」

 そう言って彼女が示す席は、去年の今ごろ腰掛けた、狭苦しいふたりがけのテーブルだった。そうですね、と答えて睫毛を伏せる観月から彼女がトレイを受け取って、ふたつの指先がこつんと静かに触れあった。

2020.09.28